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掲示板一覧福沢諭吉先生は?
このスレへの固定リンク: http://p.2chb.net/tsushima.2ch.net/test/read.cgi/korea/1250078629/
ヒント:2chスレのurlを http://xxxx.2ch.net/xxxx から http://xxxx.2chb.net/xxxx に変えたらここでスレを読めます。
- 1 : 侵略戦争を正当化し右翼嫌韓の元祖なんだって プッ
- 2 : 板違い
- 3 : >>1
福沢先生の金庫から金を盗んだ朝鮮人の末裔か?w
- 4 : あれ?
福沢諭吉って脱亜論唱えてなかったっけ?
- 5 : >>4
石河幹明って奴の自演だ
- 6 : 2009年8月12日付韓国「中央日報」掲載の論説(1)
【その時の今日】福沢諭吉…侵略戦争正当化した日本右翼の元祖
「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」天賦人権を叫んだ日本の代表的啓蒙思想家、
福沢諭吉(1835〜1901)。1854年からオランダとイギリスの近代学問である蘭学と英学を独
学で学んだ彼だったが、1862年、ヨーロッパ探訪時、彼の目前に開かれた世の中は本の中の世
界とあまりにも違っていた。特に西欧近代の産物である民主主義の基本制度はまったく理解する
ことができない別の世界の話だった。
「選挙法というのはどんな法律で、議会というのはどんな官庁なのかと問えば、あちらの人は笑っ
てばかりだった。保守党と自由党という党派のようなものがあって互いに負けずに押されないよう
に猛烈に争うという。太平泰平の天下で政治的な争いをするとは。一体分からない。あの人とこの
人が敵だと言いながらも一緒に食事もし、酒も飲む。全く理解ができない」1862年、パリの国立
自然史博物館に立ち寄った際、撮った伝統的な侍の服に刀をさした彼の写真(東京大学史料編纂
所所蔵)が物語るように、明治維新(1868)に33年先立って生まれ、正確に33年後に死んだ彼の
頭の中は西欧「近代」と日本「伝統」が互いに衝突する戦地だった。
- 7 : 2009年8月12日付韓国「中央日報」掲載の論説(2)
しかしそのとき西洋は文明で東洋は野蛮という非西洋に対する西洋の差別論理であるオリエンタ
リズムは彼の脳裏の奥深く刻印された。
もう彼の目に朝鮮は連帯して協力する相手ではなく、日本が「文明化」させなければならない侵略
の対象と映った。1885年3月16日付時事新報に掲載された「脱亜論」はこれを雄弁する。「今日
を図ることにおいて我が国は隣国の開明を待って一緒にアジアを興す余裕がない。むしろその隊伍
から脱して西洋の文明国と進退をともにし、あの中国・朝鮮と接触する方法も隣国だから特別に見
てあげるのではなく、まさに西洋人がこれらと接触する方式に従って処理するだろう。悪友と親しく
なれば悪名を免れにくい。我々は心よりアジア東方の悪い友達を謝絶しなければならないだろう」
アジアの多くの国を見下して侵略を肯定した彼は、侵略の過去史を誇らしい歴史としようと右翼勢
力と日本列島で吹き始めた嫌韓流を生んだ父だ。1万円券紙幤の肖像人物として福沢が生きて呼
吸する今日。一世紀前の暗い失敗の歴史にリピートマークを打たないために我々は彼を記憶して
おかなければならない。(以上全文)
- 8 : 福沢が何故そう言ったか、肝腎のところは目を背けて見ようとしないんだな?
福沢は、助けようとした朝鮮に裏切られて絶望したのさ。
朝鮮人に新聞というものをもたらし、
そのために漢字ハングル交じり文を考案したのは福沢だ。
改革を進めようとした金玉均を教えたのも福沢だ。
朝鮮人にとっては大恩人、先生とお呼びすべきところだ。
頭が高いぞ、朝鮮人!
教え子となった朝鮮人の手癖の悪さに怒っていたが、朝鮮の改革を信じればこそ
応援したのだ。その金玉均が暗殺され、膾のように切り刻まれたと聞いては、
どんな気持ちだったろうな?
悪友と手を切れという呼び掛けは、実体験から来ただけに切実なものだ。
それから結構な年月が経ったが、>>1のような朝鮮人は何一つ反省していない。
- 9 : 脱亜論は1885年、金玉均暗殺は1894年、だから前後がつじつまが合わない
- 10 : というか自称憂国の士の門下が福沢の金パクって遁走したからだろ?
- 11 : まあ脱衣乳頭は時代の必然だから
- 12 : >>9
いえ、金玉均が暗殺される前から、ずっと支援していたんですよ。
↓
1882年2月から7月まで日本に遊学し、福澤諭吉の支援を受ける。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E7%8E%89%E5%9D%87
- 13 : >>12
となると脱亜論以後も朝鮮への支援を続けたことになるね。
- 14 : やはり人のいる福沢スレと共同したほうがいいね
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1243898641/
ここはさびしすぎる
- 15 : >>13
脱亜論は「儒教と退廃で進歩を止めてしまった香具師等、例えば朝鮮清国と
友人関係を持つべきでない」という扱いじゃなかったかな?
だから、進歩を目指し歩みを止めようとしなかった香具師等には中国朝鮮人で
あろうと支援した、と。
- 16 : >>15
おお、それが正解のようですね!
そうして支援された朝鮮開化派は、今では親日派として非難の的に。
なんという皮肉。
- 17 : 全く関係ないが、福沢諭吉は剣の達人という説があったな。
- 18 : >>17
立見流居合道
- 19 : >>17
それは>>14で紹介しているスレで、扱われています
居合いの達人ではあるが
最高の剣客との評価の出典は分からない
というのが暫定的結論
- 20 : ♪諭吉を知りたい
愛のよ・か・ん!
- 21 : まああの頃は道場も山ほどあったわけだし、達人クラスの人間というのは割と多かったのではないかと
- 22 : 那智君は色々と達人クラスで、諸々が超人クラスで、様々に破壊神クラスという説がある。
- 23 : >>19
最強なんて比べようがないしねぇ。
まあ、話半分以下で聞いておいたほうが。
- 24 : おそらく諭吉翁は、チョンが糞酒をおいしそうに飲む様見て、こんな奴らに関わったら
日本は終わりだ!と感じたんだろうね。w
日本の半島併合論者はこの事知ってればあんな土人と関わらずに済んだのに、、、と悔しく思うわ。
- 25 : >>24
伊藤博文公のことかー
- 26 : 預かった両班の学生たちが、ちょくちょく手文庫から金をくすねて酒飲んだり、喧嘩や盗みを繰り返したりしててこいつら駄目だ、と福沢先生が匙投げたんだよな。
それまでは福沢先生も親韓でした
- 27 : >>26
ソースきぼん。
慶應義塾の朝鮮人留学生が金を盗んだ記録があれば教えて!
- 28 : ウリも欲しいな。
以前本棚スレで結局見つけ出せなかったから…
- 29 : >>26
答えは日本近代史板福沢スレにあります
- 30 : 諭吉の「天は人の上に〜」、
あれ真っ赤な嘘だから。
奴は激烈な差別主義者だった。
日教組の間でも有名。
娘を金持ちに嫁がせようと方々走り回った。
- 31 : 天は人の上に人を作らずという言葉を、差別しちゃいけないという風に捉えているバカがいるスレはここですか?
- 32 : 志賀直哉(1883〜1971年)の代表作『暗夜行路』は前・後編で文庫本の564ページにもなる長編だ(新潮文庫版)。久しぶりに読んで
韓国(朝鮮)に関する記述があるのに気づいた。
主人公の時任謙作(ときとう・けんさく)が旅行で短期間、韓国を訪れる。
「謙作は朝鮮では余り歩かなかった。開城から平壌へ一泊で出かけた以外は、或(あ)る晴れた日、お栄と清涼里の尼寺に精進料理を食いに
行った位のものだった。途中山の清水の沸いている所で朝鮮人の家族がピクニックをしているのを見かけた。白髯の老人が何か話している、囲りの
人々が静かにそれを聴入っている、長い物語でもしているらしかった。昔ながらの風俗らしく、見る者に何か親しい感じを与えた」
後は古宮や夜店を見たり螺鈿(らでん)工芸品を買ったり。高麗焼研究家の日本人から聞いた話として、手伝いの朝鮮人の若者が死刑に
なった話も紹介されている。鉄道敷地の買い上げ問題で日本人役人に裏切られ、日本への復讐(ふくしゅう)のためあらゆる悪事をはたらいた
という話。抗日独立運動家の話というわけでも必ずしもない。
記述はわずか2ページ半。『暗夜行路』は私小説だから志賀直哉の韓国(朝鮮)体験である。作品の発表は1922年(大正11年)で日韓
併合から10年以上たっている。
『城の崎にて』でも分かるように、志賀直哉の風景描写は詳細をきわめている。『暗夜行路』でも京都や尾道での生活をはじめ主人公の旅先
の話は詳しいのに、韓国の話は実にあっさりしている。観光旅行にもなっていない。興味をそそられたフシがないのだ。
- 33 : そういえば夏目漱石(1867〜1916年)にも『満韓ところどころ』という旅行記があって、韓国のことが出てくる。日韓併合前年の1909年、
明治42年の作品だが、ここでも在留邦人に歓迎され食事をしたといったことなどが中心で、韓国(朝鮮)そのものの話はほとんど出てこない。
満州からの帰路、韓国にはちょっと立ち寄ったという感じではあるが、漱石にも興味をそそられた風がない。
漱石には「満韓旅行後のインタビュー」というのがあって、最近、それを知ったのだが、そこにはこうある。
「満韓を遊歴して見ると成程(なるほど)日本人は頼もしい国民だと云(い)ふ気持ちが起こります。従って何処(どこ)へ行っても肩身が広くって
心持ち宜(よ)いです。之に反して支那人や朝鮮人を見ると甚だ気の毒になります。幸ひにして日本人に生まれていて仕合わせ(幸せ)だと
思いました」
韓国(朝鮮)が日本の文豪たちの興味をそそらなかったのは、福沢諭吉(1835〜1901年)の「脱亜論」の流れかもしれない。近代日本を
方向づけた「脱亜論」というのは、いわば「アジアと付き合うとろくなことはないからアジアは友とせず西洋に向かおう」という話だ。
それで成功した日本はその後、韓国(朝鮮)の併合・支配や、中国大陸および東南アジア支配という「入亜」で敗戦・降伏し亡国の憂き目に
遭う。そこで戦後はもう一度、親米・従米という「脱亜」に戻り、今、米国の後退と中国の台頭・韓国発展などを目の当たりに新たな「入亜論」
が出ている。
政権目前の日本の民主党にも「東アジア共同体構想」など「入亜論」の雰囲気があるようだ。「アジアとどう付き合うか」−日本にとっては重要
な選択の時期になっている。
ソース(MSN産経ニュース) http://sankei.jp.msn.com/world/korea/090818/kor0908180311000-n1.htm
- 34 : >>30
あれは
「どんなええとこのボンボンに生まれても
しっかりと学問を身に付け見識を広めないとただのクズ」
って意味の言葉だぞ。
- 35 : 日教組に入っている先生は馬鹿しか居ないなんて言っちゃって
良いのか?
- 36 : 要するに、「持って生まれた個人の資質・能力には、それほど大きな違いなど無い。」つー意味だろ。
私有財産や社会的階層を否定したわけじゃねーわな。
- 37 : つけ加えるなら、そんな世の中を生き抜くのに
必要なものが学問であると説いたわけだ。
- 38 : あらためて、日教組って馬鹿ばかりなんだね(笑)
- 39 : >>30
つーか、一度でいいから原文よめば
「天は人の上に〜」が世の平等を謳った文、なんて妄言は出てこないと思うんだが
- 40 : 人が皆平等などというのは妄想である。
人の優劣は学問によって決まる。
だからおまえら勉強せいよってことだな。
- 41 : 「学問のすすめ」ってタイトルもみないのかよ、日教組は。
活字離れどころか、文字離れでもしてんのか。
- 42 : >>41
きっと、組合活動に忙しくて、本を読むヒマも無いのです。
- 43 : つ「学問よりも平等が大事。」
仮にも教師のくせに、奴らはマジでこう思っているよ。
より平等な社会を実現するためにこそ、学問が大切なんだけどね。
- 44 : >>42-43
そんなんだから、生徒にも同僚にもバカにされるんだけどねぇ。
教える側が自分より知識的にも常識的にも頭悪いって気付いたヤツが、おとなしく従うわけないじゃん。
- 45 : そういう教師には、ついでに脱亜論についても講釈たれて欲しいね。
- 46 : >>33
> 韓国(朝鮮)が日本の文豪たちの興味をそそらなかったのは、福沢諭吉(1835〜1901年)の「脱亜論」の流れかもしれない。近代日本を
> 方向づけた「脱亜論」というのは、いわば「アジアと付き合うとろくなことはないからアジアは友とせず西洋に向かおう」という話だ。
「脱亜論」は、明治時代に影響力があったわけではなく、
「近代日本を方向づけた」ものでもありません。
明治18年(1885年)3月16日に『時事新報』紙上に掲載された後に、
48年4ヶ月も忘れられていたのものです。それから後、
昭和8年(1933年)7月に『続福澤全集〈第2巻〉』(岩波書店)に収録されて
ようやく日の目を見たものです。
この時点でも注目された記録は発見されておらず、
戦後の昭和26年(1951年)に遠山茂樹が再発見してから後に、
1960年代の終りから1970年代にかけて有名になっていったものです。
↓
Wikipedia:脱亜論
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%B1%E4%BA%9C%E8%AB%96
- 47 : 諭吉ってイケメンだよなぁ
- 48 : つか、かんけーねーけど、DJ死んだのか…
- 49 : >>45
脱亜論についてなら、平山洋さんのインタビューが面白いです。
↓
東谷暁インタビュー: 平山洋 福沢諭吉「脱亜論」の真実
http://blechmusik.xrea.jp/d/hirayama/h07/#id_1
- 50 : だれか韓国人に、脱亜論が知られるようになったのは、
戦後のことだと教えてやれ
- 51 : ネガキャンしてる厨は、雁谷哲
- 52 : >>51
「雁屋哲の美味しんぼ日記」を集めてみました。
↓
福沢諭吉について1 | 雁屋哲の美味しんぼ日記
http://kariyatetsu.com/nikki/1128.php
福沢諭吉について2 | 雁屋哲の美味しんぼ日記
http://kariyatetsu.com/nikki/1129.php
福沢諭吉について3 | 雁屋哲の美味しんぼ日記
http://kariyatetsu.com/nikki/1131.php
福沢諭吉について4 | 雁屋哲の美味しんぼ日記
http://kariyatetsu.com/nikki/1133.php
福沢諭吉について5 | 雁屋哲の美味しんぼ日記
http://kariyatetsu.com/nikki/1136.php
福沢諭吉について6 | 雁屋哲の美味しんぼ日記
http://kariyatetsu.com/nikki/1142.php
- 53 : >>52
漫画板の雁屋スレを見てみ
安川とつるんで平山批判をしているのが、バレちゃった
- 54 : >>27
「日本警世(連載10)」 高山正之帝京大学教授 THEMIS(月刊テーミス)2002年4月号
明治14年、朝鮮の青年約60人が慶応義塾にきた。しかし彼らは遊んでばかりでついには
大学の金庫を荒らし、福沢諭吉を怒らせた。諭吉の「隣国の開明を待つ猶予あるべからず」
という脱亜論は、この留学生の姿を見て書かれたもので、そこにははっきりと失望が読み取れる。
かつて2ちゃんで見つけた。1次ソースは持ってない。
- 55 : >>54
脱亜論が書かれたきっかけは、前年暮れの甲申政変の失敗だ
それは証明されている
- 56 : それでも福沢諭吉は朝鮮人の民度さえ引き上げてやればどうにかなるかもしれないと希望を持っていたのかもしれない。
だからこそ弟子の一人を朝鮮半島に行かせて朝鮮初の朝鮮語新聞を発行させたのではないだろうか?
- 57 : >>54
情報ありがとうございます。
高山正之って、ジャーナリスト出身で、
『サダム・フセインは偉かった 変見自在』(新潮社、2007年)
『ジョージ・ブッシュが日本を救った 変見自在』(新潮社、2008年)
などを出版した人ですね。
ジャーナリスト出身だから、裏は取ってあるとは思いますが、
1次ソースの情報が欲しいところです。
- 58 : >>57
福沢が朝鮮人留学生に貸した金が戻ってこなかったについてこぼした手紙については、
【偉人】福沢諭吉について(その3)【悪人】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1243898641/
480 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2009/08/10(月) 07:19:54 ID:E4eaAf2Z0
>>479
>福沢諭吉は朝鮮人学生に慶応大学のカネを持ち逃げされたなど何度も煮え湯を飲まされている。
正確には大学部設立前だから、留学先は慶應義塾(普通部)だったはず
それから、このニュアンスでは貧しい朝鮮人留学生、というイメージだが、実際に留学していたのは
朝鮮王国を代表する貴族(両班)の子弟だった
彼らは自分でお金を管理したことなどはなく、借りたものは貰ったもの、という態度だった
福沢は庶民の出だから、きっちり借金を返さない留学生の態度に腹を立てたのだが
向こうは、何怒っているの? という鷹揚さ
481 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2009/08/10(月) 09:47:40 ID:ki+5w0fH0
>>480
この話の典拠はどこかと探してみたら、どうやら明治28年1月28日付け高見亀宛書簡らしい。
金玉均に9000円くらい貸したが、返済はなかった、とある。
ただ、諭吉はこのお金は朝鮮革命への投資とみなしたようで、けっこうサバサバして書いている。
安川はこの手紙を、「蔑視」ではなく「国際観」の中に入れている(『アジア認識』259ページ)。
>>479は、この手紙の内容を「脱亜論」と絡めて書いているが、これは前後関係からいっておかしい。
金が日本に亡命し、本国から留学生を呼んだのは、「脱亜論」よりあとのことだ。
つまり諭吉は「脱亜論」を書いた後も、朝鮮を見捨てることなく、留学生たちへの支援を惜しまなかった、
ということ。
- 59 : >>55>>57
まー実際は高山正之に要確認ってところだけど。
自分は当時のテーミスを探すのはめんどくさいからしないが、
著作くらいは調べてみてもいいかなと思ってる。
まあ期待はせんでくれ。
>>58
そのスレでおもしろい記事を見つけた。
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=119108&servcode=A00§code=A00
- 60 : >>59
>>6>>7のもと記事なんだけれど、それ
そもそもこのスレが立った原因なんだよ
- 61 : >>58
情報ありがとうございます。
お金を盗むことと、借りたお金を返さないこととは、
かなり違いがあると思うんですが、元の話は、
以下の逸話かもしれませんね。
> この話の典拠はどこかと探してみたら、どうやら明治28年1月28日付け高見亀宛書簡らしい。
> 金玉均に9000円くらい貸したが、返済はなかった、とある。
上記の書簡は、『福澤諭吉全集』第19巻642-644頁にありました。
「兪吉濬にも600円貸したが、返済はなかった」ともありました。
なんだか踏んだり蹴ったりですね。
> 金が日本に亡命し、本国から留学生を呼んだのは、「脱亜論」よりあとのことだ。
最初に李氏朝鮮から留学生を迎えたのが、1881年(明治14年)6月ですよ。
『時事新報』に「脱亜論」が掲載されたのが、1885年(明治18年)3月です。
つまり、「脱亜論」より前に留学生を呼んでいたわけですね。
- 62 : おぼっちゃま君の鷹揚といえば聞こえはいいが、仮にも留学してるんだから、もっと客観的に見極めたらどうだという気もするな。
- 63 : >61
>つまり、「脱亜論」より前に留学生を呼んでいたわけですね。
脱亜論以後も留学生を呼んでいるんだから、同じだろ。
- 64 : >>60
そいつはすまんかった。
お詫びといっては何だが、慶応のサイトから。
[慶應義塾豆百科] No.41 留学生受け入れのはじめ
http://www.keio.ac.jp/ja/contents/mamehyakka/41.html
塾統〜慶應義塾の伝統M 朝鮮独立運動志士 金玉均
http://www.keiocampus.net/archives/2004/07/post_200.html
塾統〜慶應義塾の伝統 第34回 「開化派の政治家」朴泳孝
http://www.keiocampus.net/archives/may2006/category060605/
さらに明治十五年(一八八二)、「壬午事変(第一次京城事変)」(大院君を中心とする
保守派のクーデター)で日本公使舘が襲撃されると、謝罪のための朝鮮修信使が派遣
されたが、その国使として立てられたのが二十一歳の朴永孝(前国王の王女の婿で、
東洋と西洋とを問わず、学問の根本は「実用」にあるとの思想に立ち、開化派の指導者
の一人であった)であり、その顧問として同行したのが三十一歳の金玉均であった。
実は金玉均はこの一年前にも来日して福沢邸を訪ね、いろいろと教えを受けており、
先の二名を選抜して慶應義塾に入学させたのも彼であった。
「先の2名」とは1881年6月に留学した兪吉濬、柳定秀のことだそうで、
金玉均がはじめて日本に留学生を派遣したのは「脱亜論」より前ということになります。
- 65 : http://74.125.153.132/search?q=cache:6L01L1H4VnoJ:www.nicol.ac.jp/~hatano/kaken/documents/bunken.doc+%E6%85%B6%E5%BF%9C%E7%BE%A9%E5%A1%BE%E3%80%80%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E4%BA%BA%E3%80%80%E7%95%99%E5%AD%A6%E7%94%9F&cd=12&hl=ja&ct=clnk&gl=jp
日本語文献
・阿部洋(1986)「韓国政府委託慶応義塾留学生に関する契約書」、『韓』103、189-208
・杵淵信雄(1997) 『福沢諭吉と朝鮮 時事新報社説を中心に』、彩流社
・金範洙(2006)『近代渡日朝鮮留学生史―留学生政策と留学生運動を中心に―』、東京学芸大学博士論文
・金範洙(2006)「大韓帝国末期渡日韓国留学生の現実認識 ―留学生団体機関誌の論説にみる文明観・国家観」、
『学校教育学研究論集』13号、東京学芸大学、pp.125-142
このあたりの論文を読める環境にあれば、またいろいろと見えてくるのかもしれません。
- 66 : あと福沢の朝鮮観で有名なセリフとしては、
「卑劣朝鮮人の如し」
というのがあるね。『福翁自伝』の中。
- 67 : あと福沢の朝鮮観で有名なセリフとしては、
「卑劣朝鮮人の如し」
というのがあるね。『福翁自伝』の中。
- 68 : >>66
『福翁自伝』の「本藩に対してはその卑劣、朝鮮人の如し」の章ですね。
「今の朝鮮人」と言っているので、おそらく当時、慶應義塾に留学していた
両班の朝鮮人のことを指しているのでしょう。
↓
----
私が中津(なかつ)藩に対する
筆法は、金の辞退どころか唯(ただ)取ること計(ばか)り考えて、何でも構わぬ、取れる
丈(だ)け取れと云(い)う気で、一両でも十両でも旨(うま)く取出せば、何だか猟(かり)に行(いつ)て
獲物(えもの)のあったような心持(こころもち)がする。拝借と云(いつ)て金を借りた以上は此方(こつち)の
もので、返すと云う念は万々ない。仮初(かりそめ)にも自分の手に握れば、借りた金も貰(もらつ)た金
も同じことで、後(あと)の事は少しも思わず、義理も廉恥(れんち)もないその有
様(ありさま)は、今の朝鮮人が金を貪(むさぼ)ると何にも変(かわつ)たことはない。嘘も吐(つ)けば媚(こび)も
献じ、散々(さんざん)なことをして、藩の物を只(ただ)取ろう/\とばかり考えて居たの
は可笑(おか)しい。
----
福翁自傳 - 459 ページ :
http://project.lib.keio.ac.jp/dg_kul/fukuzawa_text.php?ID=116&PAGE=459
- 69 : >>68
この自伝の記述と、>>61の書簡の関係は?
書簡は自伝執筆より少し前か
- 70 : >>69
『福翁自伝』は、明治30年11月頃から書きはじめられて、
明治31年5月11日に脱稿したそうです。
↓
http://project.lib.keio.ac.jp/dg_kul/fukuzawa_title.php?id=116
>>61の書簡は明治28年1月28日付だから、
書簡の方が2年ほど前ですね。
- 71 : 月刊文藝春秋の最新号で藤原先生は対朝鮮観について
何かいっている?
- 72 : >>71
特に何とも言ってなかったようですよ。
- 73 : 文藝春秋が福沢を取り上げるときには、アジア蔑視の問題に触れることはなく、
朝日新聞や、岩波書店の場合には、そればかりがクローズアップされる
現在の書き手の思想信条によって、福沢像は大きく異なって描かれる
- 74 : 隣にこんなウンコ民族がいる日本の不幸
うんコリアン何一つ学ぶもののない民族
- 75 : >>73
確かに、書き手のイデオロギー的立場によって、福澤を
「市民的自由主義者」と見做す立場と、
「侵略的絶対主義者」と見做す立場に分かれますね。
- 76 : >>75
この2つの立場の論者が歩み寄る可能性ってあるの?
- 77 : ない
- 78 : >>77
福沢を侵略的絶対主義者と見る左翼の立場は、
福沢全集の時事新報論集が、
あらかた福沢以外の記者の書いたものとバレた時点で、
成り立たなくなっていると思うのだけれど、
それでも安川寿之輔や雁屋哲が、福沢を糾弾し続けなければならない理由は?
- 79 : >>78
つ【妄想に耽る自由】
いわゆる編集権とか知る権利とか報道の自由ってやつ?
- 80 : >>78
日本の近代がその始まりからして攻撃的であったという歴史観を補完するため、ではないか。
- 81 : >>79
安川や雁屋が糾弾する自由、はもちろんある。
最後の砦は、「差別論説も、福沢全集に入っているだろ!」
だが今ではその全集が信用できないことを大方の人は知っていて、
笑いものにされるだけになっている。
>>52のリンク先を通しで読んで、あまりの進歩のなさに驚くばかりだ。
嘲笑されていることに、彼らは気づいていないのか?
- 82 : カリヤは売名
- 83 : >>82
あれほど有名な人物が、いまさら売名をする必要があるのだろうか?
- 84 : >83
有名といっても、普通の人にとってカリヤはグルメ漫画の原作者だよ。
「食い物に詳しい人」から「文化人」「知識人」に”出世”したいのさ。
- 85 : >>84
福沢批判で文化人に? これはもうギャグとしか
- 86 : 雁屋については、売名とか文化人願望とかいう理由より
東大民青同盟の密かなる地下水脈、という線が疑われるね
共産党には公然党員と、あたかも中立の立場から発言しているかに装って
外部から党を支援する非公然党員がいるんだよ
選挙の時期に福沢批判をすることに、ある種の狙いを感じる
ちなみに、今の麻生内閣の閣僚の3分の1が慶応出身
- 87 : >>86
映画監督のYとか、ノーベル賞作家のOとかな
確かに東大だわ
- 88 : 安川って、東日流外三郡誌とかいう捏造文書を
頭から真に受けて(古代の文書なのに、光年とか出てくる怪文書)
そこから、ユキチがパクッたとか言って、大恥かいた
三流以下の学者先生じゃなかったっけ?
- 89 : 東日流外三郡誌、ググったらトンデモ本すぎだろ…。
安川先生、給料泥棒すぎるw
同書によれば、十三湊は、安東氏政権(安東国)が
蝦夷地に存在していた時の事実上の首都と捉えられ、
満洲や中国・朝鮮・欧州・アラビア・東南アジアとの貿易で栄え、
欧州人向けのカトリック教会があり、
中国人・インド人・アラビア人・欧州人などが、多数の異人館を営んでいたとされる。
しかし、18回に及ぶ大津波によって十三湊は壊滅的な被害を受け、安東氏政権は崩壊したという。
しかし、『東日流外三郡誌』は、
考古学的調査との矛盾、
「古文書」でありながら、
近代の学術用語である「光年」や「冥王星」「準星」など
20世紀に入ってからの天文学用語が登場するなど、
文書中にあらわれる言葉遣いの新しさ、
古文書の筆跡が和田喜八郎の物と完全に一致する、
編者の履歴に矛盾がある、
他人の論文を盗用した内容が含まれている、
等の証拠により、偽書であるという説のほうが圧倒的に有力であった。
- 90 : 安川は、福沢をおとしめるためなら、どんなことでもするんですよ
- 91 : カリーの程度もしれるよなあ。
全部、この安川大先生のパクリじゃねえか。
だいたい、丸山マサオの福沢論なんて、ちょっと複雑に書いてあるだけで
どうって事のない近代化の一般論だけだろうに。
中国や朝鮮やロシアが、19世紀から嫌われ続けてるのは、
極端な中央集権国家だから、権力の腐敗が酷過ぎて、
モラルや道徳が著しく頽廃してたからだよ。
封建主義で、君主と家来、領民が契約関係にあって、高い道徳や秩序を
維持し続けた、欧州や日本人が嫌悪感を感じるのは当然の事。
- 92 : 反福沢諭吉運動の頭目
安川寿之輔名古屋大学名誉教授の正体
_________________________
標題「埼大 コーマン・エリア」
安川寿之輔※におどらされ
女のケツを追っかける
女性解放の名の下に
合宿ゼミでやりまくる
理論も 実践も コーマンの口実
埼大 コーマン・エリア
埼大 コーマン・エリア
※安川寿之輔
当時埼玉大学にいた共産党シンパ
(党員だったかは不明)の教授。
フェミニズムのゼミを開き、
真の女性解放とは性からの解放だと唱え、
ゼミの学生に複数の男女関係を強いたり、
合宿ゼミで乱交させたりしていた模様。
勉強ばかりの軟弱左翼学生が、コーマン
したさに入信していた。
http://ameblo.jp/bankrobber-hr/entry-10222487107.html
- 93 : 安川の本って、明石書店と高文研ばっかから出版されてねえじゃねえかw
やっぱ研究者の質が悪すぎて、他からは相手にされないんだろうなw
エロと反戦しかテーマが無いのかよ。
まあ、それならバカでも書けるからなあ。
高文研 梅田 正己代表
執筆者や編集者を下支えする立場の人間が、
表舞台に出てきて生意気だと思われるかもしれませんね(笑い)。
実は、これが初めてじゃなくて、
以前にも性教育についての著作(『新編・愛と性の十字路』)など何冊か出しています。
長年、高校生たちと向き合って仕事してきて、
いろいろ企画が浮かぶんだけど、
なかなか狙いどおりに書いて下さる執筆者が見つからない。
明石書店
社会、教育、歴史、法律など人文・社会科学系全般に出版している。
日米安保闘争の学生運動にルーツを置き、
「出版活動こそ、反差別の思想と文化を創りだす運動の砦でなければならない」
との信念のもとで活動している。
- 94 : 漫画板雁屋スレより転載
552 名前:名無しんぼ@お腹いっぱい[] 投稿日:2009/07/12(日) 07:29:48 ID:L4OhVMYwP
雁屋哲が、『福沢諭吉の戦争論と天皇制論』の作者安川寿之輔の「輔」を
「助」と間違って表記していることから、
アマゾンレビューで平山洋の『福沢諭吉の真実』に★一つをつけた、良識派市民
と同一人であることが明らかとなった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『福沢諭吉の真実』アマゾン・レビュー
24 人中、11人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
『福沢諭吉の戦争論と天皇制論』も併せて読むべき, 2006/8/17
By 良識派市民
この新書を徹底的に批判している安川寿之助『福沢諭吉の戦争論と天皇
制論』が上梓された。この新書を読了した人は是非とも読むべき本である。
安川はこの新書を、「福沢の思想への内在的考察を怠った、形をかえた新
たな福沢諭吉美化論にすぎない」(p.69)と、平山を論駁している。その根拠
の一つとして、石川幹明が福沢の思想に忠実であったことを論証しており
(p.73-)、非常に興味深い。
また安川は平山批判にとどまらず、古田武彦の「"天は人の上に…"の出
典は『東日流外三郡誌』」説を基本的に支持する意向を表明する(p.369)な
ど、福沢研究を発展させている。
この新書の「あとがき」(p.240-)によれば、安川・平山間での論争が発端とな
り出版されたということである。以上の点につき、平山の再反論を読んでみ
たい。
- 95 : 658 名前:名無しんぼ@お腹いっぱい[] 投稿日:2009/08/01(土) 15:22:08 ID:tkEWui0WP
これも雁屋哲じゃないか?
(p)http://electric-heel.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-dc20.html
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
残念ながら、安川寿之助氏の本は、まるで一般に読まれていないようです。
私の周囲には慶応大学出身者が多いのですが、その中で、誰一人まともに福沢
諭吉の書いた者を読んだことのある人間がいません。
福沢諭吉をきちんと批判することが、今日本人にとって、大事なことなのでは
ないでしょうか。
日本を1945年の破滅に導いたのは、福沢諭吉だと私は考えています。
投稿: 正義の悪漢 | 2009年6月28日 (日) 21時43分
661 名前:名無しんぼ@お腹いっぱい[] 投稿日:2009/08/01(土) 17:23:53 ID:09yXSsEY0
>>658の※欄なんだが、いやに長い。
そして中身は、「福沢諭吉について」そのもの!
これをアップして1週間後に、自分のブログに連載をアップし始めた、ってわけだ。
これで>>552のアマゾン※もカリーで決まりと思うが、
つくづく、「よく恥ずかしくもなく」
と変に感心してしまう自分に気づいた。
断言するが、カリーの福沢批判本は、100%安川と同じものになる。
古田武彦礼賛の部分だけ削除して、雁屋哲の名前で出すだけだ。
もう安川を相手にする読者はいなくなっているから、
表紙だけ変えて雁屋ブランドにすれば、少しは話題にもなるはず、
と踏んでいるのだろう。
- 96 : >>95
なるほどっ!!
- 97 : >>95
カリーが安川ジュノーンの説を100%引用するだろうという事は、
分かったけど、井田進也や平山洋の問題提起にはどう反応するのだろう?
井田進也や平山洋が指摘するように、
「無署名の時事新報論説が、福澤の書いたものではなく、弟子の石河幹明が書いたもの」
だとすると、安川ジュノーンの説は根底から崩れる訳だが、
井田進也や平山洋の説に対しては、カリーの言及がないようだ。
「福沢諭吉について2 | 雁屋哲の美味しんぼ日記」
http://kariyatetsu.com/nikki/1129.php
によると、平山洋の説に対しては、
> まず平山洋氏の「福沢諭吉の真実」を買って読んだ。
> 一読して、実に奇怪な本だと思った。
と一言あるだけで、最後に、
> その結果、平山洋氏と、井田進也氏の福沢諭吉について書いた物の内容は、
> とうてい信じるに値しない物と思った。
としか書いてない。
- 98 : >>97
>>95の中の※がカリーらしい
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私も、佐高氏の「福沢諭吉伝説」を購入し、読んで、仰天しました。
私は「週刊金曜日」の創刊時からの継続読者です。
佐高氏は石原慎太郎との対談の時にも、まるで、日頃言っていることに似合わない
無様な姿をさらし、落胆しましたが、この本を読んで、彼の真の姿が分かったと思
いました。
彼は、確固たる思想のない、単なる売文業者でした。
私は、安川寿之助氏の福沢諭吉に関する本も、平山洋氏の本も、平山氏が大いに
援用した井田進也氏の「歴史とテクスト」も全て読みました。
福沢諭吉全集も、石河幹明の「福沢諭吉伝」も読みました。
結果として、安川寿之助氏は厳しすぎるが、福沢諭吉に対する、批判は正しいと思
います。
ただ、氏は「福沢諭吉の戦争論と天皇制論」の最後に、古田武彦氏の「真実の東北
王朝」に書かれた「東日流三郡史(そとつがるさんぐんし)」を援用していますが、そ
の「東日流三郡史」は現在、99パーセント偽書と認定されています。
どうして、安川寿之助氏ともあろう人が、そんな偽書に引っかかったのか、それだけ
が残念です。
平山洋氏は、福沢諭吉全集も、石河幹明の「福沢諭吉伝」も全く読んでいないと思わ
れます。
石河幹明の「福沢諭吉伝」を読めば、平山氏が「福沢諭吉の真実」の中で、石河幹明
を大悪人のように言っていることが飛んでもない作り話であることがよく分かります。
石河幹明は福沢諭吉を神様のように崇拝しています。
平山洋氏の描いた異常な悪人の姿は石河幹明の本を数ページ読めば、飛んでもない
ことだと分かります。(つづく)
- 99 : (つづき)それに、平山洋氏は「福沢諭吉の真実」の中で、嘘を書いています。
その嘘が余りに多いので、ここには書き尽くせませんが、最大の嘘は、福沢諭吉が最
初の脳溢血を起こした後まるで廢人のようになってしまって、何も書いたりしゃべったり
出来ない失語症だったと書いていることです。
石河幹明の「福沢諭吉伝」には、最初の脳溢血のあと、驚くほど早く回復して、様々な
揮毫を残したことがその写真入りで示されています。
見事な筆跡で、とても廢人同様だった人間に書ける字ではありません。
「慶應義塾修身要領」に、天皇崇拝の文章を付け加えたり、婦人問題についての文を
書いたり、園遊会を催して大勢の客をもてなしたりしています。
残念ながら、安川寿之助氏の本は、まるで一般に読まれていないようです。
私の周囲には慶応大学出身者が多いのですが、その中で、誰一人まともに福沢諭吉
の書いた者を読んだことのある人間がいません。
福沢諭吉をきちんと批判することが、今日本人にとって、大事なことなのではないでしょ
うか。
日本を1945年の破滅に導いたのは、福沢諭吉だと私は考えています。
投稿: 正義の悪漢 | 2009年6月28日 (日) 21時43分
- 100 : >>98
ようするにこのカリヤらしいコメの人、
石河の言っていることを鵜呑みにしているだけじゃ?
盲目的愛の虜が、ここにももう一人
- 101 : >>100
「石河への盲目的愛」ですね。
↓
----
福沢が署名著作で述べていることは疑わなければ気のすまない人々にかぎって、なぜか石河の言うことは無条件で信じてしまうのです。安川寿之輔氏がそうでした。私はそうしたありかたを「石河への盲目的愛」と名づけました。
----
福沢諭吉の真実 その2 平山洋さんの回答 と 質疑:試稿錯誤:So-net blog
http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2006-04-14
- 102 : >>101
>>99の
「石河幹明の「福沢諭吉伝」には、最初の脳溢血のあと、驚くほど早く回復して、様々な
揮毫を残したことがその写真入りで示されています。
見事な筆跡で、とても廢人同様だった人間に書ける字ではありません。
「慶應義塾修身要領」に、天皇崇拝の文章を付け加えたり、婦人問題についての文を
書いたり、園遊会を催して大勢の客をもてなしたりしています。」
という部分は、引用中にもあるように、『福沢諭吉伝』からの引き写し。
ところが1930年代には石河の同輩なんて、もうほとんど生き残っちゃいなかったのさ。
それに、字が書けることと、発話できない失語症とは無関係だろ?
そんなに回復していたのなら、福沢による時事新報社説の下書きが残っていなければおかしいが、
卒中発作後作成の社説プランなんか、どこかにあるの? 聞いたことない。
80編くらいあるという卒中後社説の構想を、石河はどうやって福沢から受け取ったんだろうな。
- 103 : >>102
草稿残存社説の最後は、明治30年(1897年)1月1日のもので、
福澤先生が脳卒中で倒れたのが、明治31年(1898年)9月26日だから、
脳卒中発作後の草稿は残っていないです。
↓
福澤諭吉直筆草稿残存社説目録
http://blechmusik.xrea.jp/d/hirayama/h71/
- 104 : ホントに安川先生、無能だなww
こんなダメ学者の言う事を信じる大卒なんて、誰もいないだろう。
あれ?
東大卒で変なコラム書いてるバカが…。
- 105 : >>104
シイさんとか、フクシマさんとか、東大出でもヤスカワさんを信じている人は多いと思うよ
- 106 : >>105
∧∧
(*゚ー゚)
⊂ ⊃
〜| |
し`J
- 107 : >>106
けっきょくイデオロギー的な立場にすぎないんだよ
ヤスカワを信じる、ということは
- 108 : >>107
それで「美味しんぼ日記」では、井田進也氏や平山洋氏の指摘
(『福澤諭吉全集』の無署名論説の多くを石川幹明が書いたとする説)
を無視する訳ですね。
実際にアジア蔑視表現はほとんどが無署名論説にしか発見されない
のだから、井田進也氏や平山洋氏の指摘を受け入れると、
安川寿之輔氏の説は根底から崩れてしまいます。
↓
自著を語る・『福沢諭吉の真実』(文春新書)について
http://blechmusik.xrea.jp/d/hirayama/h62/
- 109 : >>108
で、やつらは「石河への盲目的愛」の虜、などと嘲られても、
反論することもできずに同じことを唱え続けるのサ
石河を信じ(るフリをし)て、しかもやつらが批判するの社説や漫言は、
その当の石河が書いたものと証明されているのだから、笑っちまう
- 110 : カリーは韓国人と仲良くなりたいから、
韓国人と一緒に叩ける藁人形が欲しかっただけなんだよなあ。
竹島の件で、韓国人の醜態を見せつけられたから、カウンターとして
日本で極悪人を用意したくなったんで。
前にオーストラリアが白人優位政策に回帰した時に、
日本批判を脈絡もなく始めて、逆ギレしたのと一緒でさ。
都合が悪くなると他者を吊るし上げて誤魔化すっていう、どうしようもない性根だよ。
ただ実在の人物に喧嘩を売る度胸がないから、安川先生に手伝って貰って故人を叩こうと…。
腐りきってやがるよなあ。
- 111 : >>110
いや韓国人に福沢叩きのネタを提供したのは、もともとカリヤたちだ
- 112 : >>110
サヨは敵を間違えている
福沢=慶応が侵略戦争の根本原因なんて、まったくおかしい
「脱亜論」は不干渉主義を唱えた社説だし、
親英米の福沢は、その利権を侵すおそれがあるとして
アジアへ不用意に介入することを厳に戒めていた
日本近代史板の福沢スレを読めば分かるが
戦争中慶応出身者は「国賊」の弟子として肩身が狭い思いをしていた
慶応出のA級戦犯容疑者は、110名中わずか3名だ
その3名も不起訴になった
戦争は、東大・陸軍大・海軍大出身者が起こしたんだよ
- 113 : >>112
> 親英米の福沢は、その利権を侵すおそれがあるとして
> アジアへ不用意に介入することを厳に戒めていた
その通りですね。
「亜細亜諸国との和戦は我栄辱に関するなきの説」(『福澤諭吉全集』第20巻145頁)
では、はっきりと征韓論やアジア介入論に反対しています。
- 114 : そういう根本的な方針を読み飛ばして、
過激な文章や、他の人間の書いた記事で侵略者の親玉にしちゃうんだから
安川は学者としての学問的良心の欠片もないよなあ。
最初から、人種差別主義者で蔑視してるんなら、留学生など取って親身に世話しないっての。
カリーが言う福沢の一貫した侵略主義って、脱亜論を斜め読みした昭和のアホと同じじゃない。
こういう不勉強で誠意の欠片もない言論人がいるから争い事がなくならないんだ。
半島人の覚醒を心底望んでいた教育者に対して、
半島に媚を売る事しかできないグルメ漫画原作者が何を言ってるんだか。
- 115 : けっきょく>>6>>7は、最近の研究によって、取り上げるに値しない見解、ということになってしまったな
でも向こうのマスコミは、これからも一つ覚えで糾弾し続けるんだろうな
- 116 : >>114
安川のウィキの記述、どうして部落問題関係のが抜けてんだ
- 117 : >>114
ヤスカワは、「脱亜論」については厳しいが、
社説「朝鮮人民のためにその国の滅亡を賀す」
については何も言わないな。
北朝鮮の現状にかんがみて、今でも有効と思えるのだが。
その原文はコレ http://blechmusik.xrea.jp/d/hirayama/h13/
そしてその解説はコレ http://blechmusik.xrea.jp/d/hirayama/h27/
- 118 : 結局、今の北朝鮮の金王朝みたいな政府は
さっさと滅んだ方が、朝鮮人の為だって、当り前の事を言ってるだけだよね。
そりゃ、今の北朝鮮の体制が滅んで、まともな政府ができれば
世界中の人間が慶賀するだろうよ。
- 119 : >>118
>そりゃ、今の北朝鮮の体制が滅んで、まともな政府ができれば
無茶言うな。
- 120 : >>119
いや、韓国の正当な領土だから、北朝鮮が滅んでも、韓国が支配すればよい
- 121 : >>120
…で、「まともな政府」という主題は、どこに行ったんですか?
- 122 : >>121
韓国政府が、まともな政府ということだろ
- 123 : どっちもまともじゃねえだろ。
韓国だって、最近まで軍事独裁国家だったじゃない。
一昔のサヨクは北朝鮮持ち上げて、韓国叩いてた。
今でも事後法で、人を裁いてる未開国家。
半島への福沢の批判って当然すぎるよな。
グローバル化していくのに、北朝鮮みたいな体制のままでいるなんて、
そりゃ悪以外のなんでもない。
カリーも、中国共産党の統治や、韓国の竹島問題で、国際ルール守れって怒ってるのに、
何で福沢が怒ると差別とか言い出すのかね?
頭がおかしいんじゃないか。
- 124 : >>123
とはいえ韓国は民主国家ですよ
国連事務総長も出している
- 125 : >124
何その思考停止?
形式的には北朝鮮だって民主主義国ですよ。
- 126 : >>125
韓国で秘密投票によらない複数立候補のない選挙が行われているとでも?
- 127 : >126
なるほど、北と南の選挙制度には違いがあるね。
が、それは別の問題。
私は別に「韓国は民主主義国ではない」といっているわけではなく、
「北朝鮮も民主主義国である」といっている。
>124氏は「民主国家だから韓国は”まとも”」といっているが
その基準に従うなら朝鮮 民主主義 人民共和国もまた”まとも”と言うことになる。
と、指摘しているだけ。
それが理解できないのなら、あなたも125氏同様に思考停止に陥っている。
- 128 : >>127
>「北朝鮮も民主主義国である」といっている
なにを寝ぼけたことを ww
- 129 : >>128
民主主義人民共和国って名前だから勘違いしてんじゃない?小学生レベルの屁理屈だわ…。
- 130 : >>127
通常民主主義かどうかは、国会議員の選出にあたり、
@言論の自由が認められているか、
A複数立候補制の普通選挙が行われているか、
B秘密投票かどうか、
C議会の多数派が政府を作っているか、
または
D大統領が@〜Bの手続きで選出されているか、
によって図られる
韓国は議院内閣制ではないから、CではなくDの大統領制だが、
きちんと条件には当てはまっているだろ?
北朝鮮では、全部不適合だから非民主国家ということになる
- 131 : >>130
北朝鮮は、いちおう「複数立候補制の選挙」ではあるね。
(まあ、もちろん出来レースではあるわけだけど)
- 132 : 給料日からまだ日が浅いのに、もう財布から福沢先生が消えてる・・・・
- 133 : 韓国も制度だけ取り繕っても、中身や運用が全然近代的じゃないんだよなあ。
近代国家ってのは、一貫した近代ルールを公平に運用してる国の事。
契約の履行とか、尊法精神をよく維持して、
国の内外をきちんと治めてる国の事だよ。
国民のほとんどが、法を守るのはバカバカしいとか、考えてる国は違う。
中国、ロシア、朝鮮なんかは、歴史的に中央集権が酷過ぎて、
そういうモラルがない、偏重した権力万歳主義で罷り通っている。
欧米とか日本みたいに、歴史的に分権が進んでる国しか、本当の意味での
近代国家とは呼べない。
福沢は、それを指して清とか朝鮮は野蛮って言ってるんだよ。
今に至るまで、近代的法治主義がきちんと根付いていないし。
- 134 : >>131
だからそういうのは民主主義とは言わんだろ
- 135 : 遡及法が成立する国が民主主義なわけねーべよ。
- 136 : >>135
立法までの手続きは民主主義に則ってますがね。
- 137 : >>135
遡及法を制定してしまう民度であることと、と民主主義かどうかは、あまり関係がないのでは
いやむしろ、下の階層に選挙権が与えられている大衆民主主義だからこそ
日本支配時代に富を築き、今なお社会上層にいる人々への憎しみが募って
上流いびりのような法律が作られる、ともいえるわけで
ワイマール憲法が普通選挙を定めていなければ、ナチが政権をとることもなかったろう
というのは、民主主義政治を運営するうえでの反省点として
しばしば指摘されることではあるな
- 138 : 民主主義というのは国民の枠の中で最適な政府を選出する、という意味があるから
民族主義者が過半数を占めている国なら
民主主義によって排外主義者が選出されることがある
- 139 : >>138
国民が愚かなら、愚かな政権選択をすることもある
今回の総選挙のように
- 140 : >>139
自信たっぷりですね
- 141 : 中韓は、ファミリーエゴにしっかりとらわれた自分自身を認識せよ。議論はそれから!
- 142 : つくづく福沢諭吉は偉かった、脱亜論読んでそう思った、脱亜論読んでみな!!
- 143 : >>142
「脱亜論」は戦前は有名でなかった。
有名になったのは、1960年代だった。
「東谷暁インタビュー: 平山洋 福沢諭吉「脱亜論」の真実」
http://blechmusik.xrea.jp/d/hirayama/h07/#id_1
- 144 : >>143
ぎょええーっ! 高校のとき先生に聞いた話と、全然違うぞーっ!
- 145 : >>144
「脱亜論」の歴史をまとめると以下の通りです:
1885年 新聞『時事新報』に無署名社説として掲載される。
この時には何のコメントも発見されていない。
1933年 『続福澤全集』に収録される。
この時にも何のコメントも発見されていない。
1951年 遠山茂樹によって再発見される。
これが「脱亜論」に関する最初のコメント!
1961年 竹内好が「福沢に「脱亜論」という主張があるのは有名」と紹介する。
この時点ではまだ研究者の間でのみ有名だった。
1967年 河野健二と鹿野政直が新書の中で紹介する。
やっと一般に有名になっていった。
- 146 : こっちでも同じハナシをしている
【偉人】福沢諭吉について(その3)【悪人】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1243898641/
- 147 : 北朝鮮と韓国が民主主義かどうかということについては、all or nothingでは
なくて、それこそ福沢の「未開」「半開」「文明」の区別を考えればよいでしょ
う。日本などの文明国に対して韓国はかなり文明に近い「半開」、北朝鮮は
バリバリの「未開」(それでもアフリカなんかの国よりは「半開」に近い)。
ついでに中国は韓国よりは「未開」にきわめて近い「半開」というところですか。
ついでに言えば、人間の流れとして自由に任せればできるだけ「文明」に向かう
というのもメルクマールとして有用でしょう。日本>韓国>中国>北朝鮮という
のは誰もが認めることで。
- 148 : >>147
福澤先生は、文明政治の6条件に基づいて、「文明」「半開」「野蛮」の
区別をつけていました。
文明政治の6条件とは、
@個人の自由を尊重して法律は国民を束縛しないようにすること
A信教の自由を保証すること
B科学技術の発展を促進すること
C学校教育を充実させること
D適正な法律による安定した政治によって産業を育成すること
E国民の福祉向上につねに心がけること
です。
これらの6条件を、すべて満たしていれば「文明」で、
一部分だけ満たしていれば「半開」、
全く満たしていなければ「野蛮」となる訳です。
福澤諭吉「朝鮮人民のために其国の滅亡を賀す」と文明政治の6条件
http://blechmusik.xrea.jp/d/hirayama/h27/
- 149 : <殺人>旅行代理会社の経営者刺殺される 東京都新宿区で
5日午前10時ごろ、東京都新宿区歌舞伎町、ツアーサポート経営、韓国籍の安浩振さん(47)が自宅台所の便座に座った状態で背中から血を流して死亡しているのを従業員が見つけた。
新宿署によると、同社の従業員が安さん宅に電話をかけたが出ないため、様子を見に行き、死亡している安さんを発見した。従業員から連絡を受けた安さんの知人が110番通報した。
安さんは背中を複数カ所、刃物のようなもので刺されており、同署は殺人事件として捜査している。安さんは1人暮らしとみられる。
【株式会社ツアーサポート】 http://toursupport.jp/info/company_intro.jsp
- 150 : 天は人のうえに人をつくらず…ってスピリチュアルな気がしてきた
- 151 : >>150
この部分はアメリカ独立宣言の翻訳なんだよ
- 152 : >>150
スピリチュアルだからかどうかは分りませんが、
幸福の科学出版から『学問のすすめ』現代語訳が出ました。
↓
福沢諭吉著『学問のすすめ 他一篇』〈真の独立人になるために〉
加賀 義:現代語訳、解説:岬 龍一郎、2009-10-05発行、ISBN978-4-86395-002-3
http://www.irhpress.co.jp/detail/html/P0219.html
他一篇というのが気になりますね。ひょっとして、福沢先生の霊を
呼び出してあることないことしゃべらせていやしないでしょうね。
明治天皇や昭和天皇の霊を呼び出して語らせているくらいだから、
ホントにやりかねませんね。
↓
大川隆法著『明治天皇・昭和天皇の霊言』〈日本を愛すればこそ、国民に直言。〉
2009-07-28発行、ISBN978-4-87688-372-1
http://www.irhpress.co.jp/detail/html/H0242.html
現在は高天原におられる明治天皇と昭和天皇に、
先の大戦の戦争責任や靖国問題をはじめ、
現代の日本についてさまざまに語っていただいた。
- 153 : Amazon で幸福の科学出版の『学問のすすめ』を探してみたら、
他一篇というのは「修身要領」のことでした。失礼しました。
↓
http://www.amazon.co.jp/gp/product/images/4863950020/
福沢の遺した後世への教訓集「修身要領」収録!
おまけ:
Wikipedia:修身要領
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%AE%E8%BA%AB%E8%A6%81%E9%A0%98
u
lud20100314204940
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